詠春拳研究公開日誌

体験談や見聞録から推察していく詠春拳

負けず嫌い②

負けず嫌い自体は①ではいいとは言った。

やり返すスイッチが入らなければ、と。

 

ではどういう負けず嫌いが詠春拳にあっているのか。

 

自分が一つの成功例だと仮定するならば、

負けず嫌いが我慢強さに直結しなければならない。

そもそも詠春拳の運動の根幹が我慢である。

体はフル稼働させておいて、顔は涼しい顔をする。自然呼吸を要求してくるし。

(自然呼吸を解ってない詠春拳もザラよね。激しく動いて格好いいと思ったら駄目よね。言っちゃ悪いけど。)

体をフル稼働は同じでも頭は真っ赤に、息は止めて行うような運動では無いと言うことである。

 

詰まるところ詠春拳は「ヨガ」のような運動に近い。

息を止めるヨガなんて恐らくないだろう。

詠春拳でもない。

でも実戦ではそんな事言ってられない、が大多数の御意見だ。(彼らの言う実戦とは何だろうか。

 

詠春拳で戦うには辛抱強さや我慢強さが間違いなくいる。

それも卑屈な方がいい。

「相手に力で負けてるのは自分の肘や馬のせいだ」とか

「相手の速度についていけていないのは自身の接触での反応が遅いからだ」とか、

 

要は相手というフィルターを通して自身の見直しを図る訳である。

とすると型や単式練習の意識がまた変わってくる。

今まで意識してなかった事、気づけなかった事。

練習の相手の数によって気付く事が増えていく。

注意しなければならないのは、その気付きや意識に型や単式練習での一貫性がないといけない。

 

でないと体格差がある相手には目潰しを初手で狙うなどと、詠春拳としては魅力のかけらもないFAにたどり着いてしまう。

 

勝ちたいだけなら詠春拳をしなくていい。

我慢できず違う動きをするなら詠春拳以前に性格や考え方を改めた方がいい。

詠春拳をしたいならあえて負けて勉強と銘打つ方がいい。

この日本ではストリートファイトや実戦なんてほぼ無い。

生涯練習。