詠春拳研究公開日誌

体験談や見聞録から推察していく詠春拳

当方の詠春拳は

何を一番大事にしているか。

技?速さ?強さ?

そんな事は全然ない。

 

1番重要視しているのはフォームであり、

痛めにくく鍛えられやすい、形である。

次に形から派生する動きになってくる。

詠春拳の動きを日常化できるよう当方が考えた形の維持による負荷で訓練するわけである。

当方の詠春拳は日常生活における「自身の体のポテンシャル」への気付きと開発、底上げである。

 

良く考えて欲しい。

強くても速くても、サポーターやアイシングをしているなら肉体の負荷がでかすぎるんじゃないか?と。

何故そんな事をするのだ?と。

過負荷が日常生活における当たり前なら、体は悲鳴をあげるに決まっている。

そんな事をするのは「自分の体のポテンシャル」に気付かない若向けのアスリート思考である。

まあ昨今、アスリートにはそのアスリート思考をサポートするトレーナーがいてくれる訳だが、詠春拳の場合趣味で体を壊してどうすんだ?とも思うし、加齢と共に何かしらの合併症もでるかもしれない。

 

車でも、エンジンぶん回せばピストンやら、コンロッドやらに影響がでる。

過負荷をかけて物理的に無事なはずないのだ。

しかしケアしたらマイナスの部分がなくなるとみんな都合良く思ってしまう。

あれ?マイナスなかったらプラスもないじゃん?

その通りだと思う。

 

 

激しい運動や、過負荷は充実をもたらす。

充実は自分の体に対する危機感や不安を無くす。

心の安堵が危機的意識を鈍らす。

 

この動きはしたら腰いわす、この動きはしたら膝いかれる。

自分が良く後進に言う言葉である。

こんな事言える指導者はあまりいないであろうが、自分の体を壊すために詠春拳してる人も、まずいないだろう。

 

一読したならば頭の隅にでも置いといて欲しい。

体は経年劣化する消耗品で、取替不可のワンオフ品だと。